【教育哲学】教員が羽を伸ばす時間【英語教育】会話における聞き手の役割

2016年11月21日

「神経ハイジャック」を読んで

久しぶりの更新です。

「神経ハイジャックーもしも集中力が奪われたら」という本を最近読みました。

 携帯電話が手元にある以上、我々は常にネットに対してONの状態になっています。

メールをしながら友達と話をしたり、ネットニュースを見ながら朝食をとったり。

しかし人間の集中力には限界があり、精度の高いマルチタスクはできません。

(今も私は妻の話を聞いて相づちを打ちながら書いてますが、

 内容理解度は60%というところです。ばれたら怒られます。笑)

そこに書いてありましたが、ネット上で自分の情報をアップロードするときに

人の脳は快感を覚えるらしいです。

(「バカッター」とかがなくならないのも、それが原因なのでしょうね。

 人は苦痛には耐えられても、快楽からは逃れられないのでしょう。)

で、僕もこうやってブログを書いていましたが、それも結局自分の快楽のために

やっているとしたらあまり意味がないな、と。

夏の終わりからひどい風邪をひいたり、子育てで忙しかったりで、

なかなか時間もとれなかったのもあったのですが、

それもあってブログの更新を控えていました。


けれど、何も書いていないのにアクセスカウンターは少しずつ増えていました。

ありがたいことに定期的にアクセスして下さる方もいらっしゃいました。

自分の快楽のためだけではなく、少しでも社会的に有用なのであれば

もう少し書いてみてもいいのかな、と思ってまたブログを再開しようと思います。


これからも思いつくままに実践してみたような拙いことを書いていきますが、

今後ともよろしくお願いします。
 

burwonderwall at 21:41│Comments(0)

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