2016年02月11日

京都大学

最近更新が滞ってました。

というのもインフルエンザにかかっておりまして。

妻にもうつってしまい、子供を避難させたり大忙しでした。

健康の大切さは失って気付きますね。用心用心。


さて、体調がよくなってすぐに京都大学にお邪魔しました。

体育会剣道部主催の高校招待試合に参加するためです。

今年はうちのOBが京大剣道部で頑張っているので、

そのあたりも楽しみにしながら生徒を連れて行ってきました。


四校リーグで上位二校が決勝トーナメントにすすめるのですが、

2位決定戦で一本差で敗れてしまい、無念の予選敗退。

フルオーダーではなかった…というのは言い訳にはなるまい。

進学校同士、制約のある中お互いに日々精進しているのだから、

負けは負け。


試合後の合同稽古会まで時間があったので、少し街を散策。

すると古本屋を見つけて、中に入ってみました。

アカデミックな本ばかり置いてありました。

さすがは京大生のお膝元。

古本屋と大学生の組み合わせって、かっこいいと思ってしまいます。

(ちなみに僕のイメージでは、古本屋に来る大学生は皆下駄を履いてます。笑)


自分用に英語学の本をさがしてみたけど、特に目を引くものはなく。

教育学も同様。

そんな中、面白そうだと思ったのがこれ。



100の思考実験


写真だと分かりにくいですが、400ページほどあります。

なかなか重い。

物理的にも内容的にも。

お昼を食べながら最初の30ページほど読んでみましたが、

・「自分を食べてくれ」と豚に言われたら

・公平な不平等

・仮想浮気サービス

など、タイトルだけで面白そうな話ばかり。

で、実際に面白い。

価値観を揺さぶる問いって、授業のテーマにすると面白そうですよね。

ペアで話し合わせても良いし、ディベートまで持っていっても良いし。

良いものと出会った。

少しずつ読もうっと。


そんなこんなで京都からかえったばかりですが、

明日はもう1日学校があります。

剣道部の生徒はもっと大変だと思うけど…仕方ないね。

頑張って乗り切って週末を迎えましょう。


3学期もあと半分ですね。

皆さんも体調には気をつけてお過ごしください。
 

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2016年01月29日

携帯電話を没収するときに気をつけるべき二つのこと

今日、生徒から携帯電話を没収する夢を見ました。

正直寝た気がしません……。笑


僕の学校は携帯電話禁止なので、

生徒が持っていたら没収することになります。

こういう「生徒指導」的な仕事は正直すごく気が滅入るのですが

 (特に自分が受け持っていない学年だと尚更)

やるしかないだろ、と思ってやってます。


携帯電話を没収するときに気をつけることは二つあります。

一つは、個人情報の問題です。

そのまま取り上げると、個人情報が漏れるのでは、と心配する生徒がいます。

ルールを破ったのはそっちなんだから、そんな心配をさせるのも一つのお灸だ、

という考え方もあるのかもしれませんが、その後ろには保護者がいます。

そのあたりを雑にするとこちらの「粗」になってしまい、噛み付きやすくなります。

それには、まず当該生徒にきちんと確認させることが大切です。

①電源を切った状態で教員に渡す。

②スマホであれば、パスワードでロックがかかっているかを確認する。

③スマホでなければ、電池パックを抜いて生徒に渡しておく。

④携帯の中を見ることはない旨をきちんと伝える。

生徒が「これなら大丈夫かな」と納得すれば問題にはなりません。


もう一つは金銭と安全の問題です。

携帯電話(特にスマートフォン)には維持費がかかります。

使おうが、使うまいが、最低限かかるお金は同じです。

教員が没収している間の料金を日割りで請求してくる親がいる(!)

なんて話もテレビで見たことがあります。

テレビなので本当かは分かりませんが、

そうしたいと思っている保護者はいるでしょうね。

そしてもう一つは、誰が携帯電話を持たせているか、です。

本人が勝手に持って来ているなら問題がないのですが、

保護者がどこかで待ち合わせるためだったり、

「お守り」代わりに持たせていることもあります。

携帯を没収すると、保護者と生徒との間に空白の時間が生まれます。

その間に何か起こると、こちらにも責任の一端が飛び火することも考えられます。


これらを解決する方法はいたってシンプル。

それは、生徒にその場で親に電話をかけさせて、状況を説明させることです。

その時には、「自分がルールを破ったから携帯電話を没収される」ということを

ちゃんと電話を通じて保護者に言わせましょう。

本音でどう思っていても、少なくとも教員の前では自分が悪いと言うはずです。

そして、これによって、保護者が学校に牙を向く可能性は半減すると思います。

何故か。

それは「悪いのは子どもで、保護者ではない」という文脈で話が進むからです。

カーネギーの名著『人を動かす』によると、人間は責められると反撃します。

保護者も同じです。

没収されたという事実だけ伝わり、そしてそれを子どもが不満全開で親に愚痴ると、

「子どもだけではなく、私たちも学校から悪く思われているに違いない」

という状態になります。

自分も責められる対象となれば、子どもの話から少しでも相手の粗探しをして、

自分の立場を回復させたいと思うはずです。

(それが「携帯電話料金の日割り請求する」行為につながったのでしょう。)


ですが、子どもから「自分がルールを破った」という言葉が出れば、

「責任は全て子どもにあって保護者にはない」という文脈になります。

自分のプライドが傷つかなければ、謝罪の言葉は簡単に出てきます。

それが円満解決につながる秘訣だと思います。

そして、もし待ち合わせやお迎えがあるなら、その場で決めてもらいます。

これで保護者にも、子どもが携帯電話を持っていない状況が伝わるので、

「安全だと思ったのに安全ではなかった」という空白の時間はなくなります。


可能であれば最後に教員も電話を少し代わってもらって、だめ押しをします。

「教員の○○です。お母様でいらっしゃいますか?

 この度はお子さんが携帯電話を持って歩いているのを見つけまして。

 お母様もご存知の通り、携帯は学校で禁止されていますので、

 本人への指導の意味を込めて、私の方で預からせてもらいます。

 また生徒指導の方から話があると思いますが、本人の成長のため

 お力を貸して頂ければと思っておりますので、よろしくお願いします。」


ここまで言えば、
 
<教員 v.s. 子ども・保護者>ではなく、

<教員・保護者v.s.子ども>という形が伝わります。

良かったら皆さんもこの方法を使ってみてください。


生徒指導だけではなくて学習指導でもそうですが、

保護者を責めるような状況に置くことは、どんな場合に置いても得策ではないです。

これはストラテジーとして言っている部分もありますが、それだけではなくて、

「親と教員が一緒に協力して子どもを育てて行く」

という気持ちを本当に僕は大切にしています。


お読みいただき、ありがとうございました。

あと二回で今の学年の六年間の授業が終わります。

短かったようで、振り返れば長かったですね。

 

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2016年01月25日

不登校生徒との付き合い

今日は思い出語りを。


僕の勤める中高一貫校では、中学から高校に上がるとき、


よっぽど悪い成績がつかなければ進学できます。

しかし、中には進学をあきらめる生徒もいます。

それが、不登校の生徒です。


僕は今の高3が中1に時に副担任、中2で担任を持つことになりました。

初めての担任業ということで、嬉しさと気恥ずかしさが入り混じった気持ちで


生徒と過ごしていました。


中3でも担任となりましたが、その時に大きな問題がクラスでおきました。

生徒が不登校になったのです。


家庭の事情と学校での友人関係が彼にとって大きな重圧となってしまったようです。


保護者の方とはそれまでの面談でそれなりに良好な関係を築いていましたが、


不登校となったあたりでは、やはり私に対しての不信感を持っていました。


その後、家庭訪問という形で何度か家にお邪魔し、色々な話をしました。


一人の生徒と個人的に深く関わったのは、これが初めての経験でした。


その後、時間を置いたことで彼も何とか少しずつ立ち直り、


保健室まで来てくれるようになりました。


もともと人気者だった彼と話しに、他の生徒もよく保健室に通っていたようです。


中3の夏休みを過ぎたとき、彼はこう言いました。


「この学校の先生たちは好きだし、友達もたくさんいる。

けど、他の学校でやり直してみようと思います。」

彼の決心を聞いて、公立学校の入試対策を一緒に始めました。


もともと学力の高い子なので、そんなに心配はしていませんでしたが、


入試の合格発表を一緒に保健室で見たときはさすがに緊張しました。


見事地元の公立高校に合格し、彼は旅立ってゆきました。


保護者の方も涙を浮かべてお礼を言われました。


その後も、彼とはメールをときどきやり取りし、近況を教えてくれます。


人生なので、もちろん「順風満帆」にはいきませんが、


「いろいろあったけど、決断してこれてよかったです」

というメールをもらったとき、


「これでよかったんだな」と、やっと思えました。


(彼の卒業後の詳細については別記事(教師冥利とライバル心)に書いてます。)



高校一年生の担任のときには元々不登校気味だった生徒の担任になり、


彼も途中で転学していきましたが、今年の文化祭で僕に会いに来てくれました。


彼も、「今がすごく楽しいです」と言ってくれています。



もちろんそれは僕の中でも数少ない「成功例」であって、


生徒との関係がうまくいかず、学年主任に対応を任せたこともあります。



でも、多分それって仕方ないことだと思うんです。


人間同士の付き合いは、マニュアルとかHow toでは語れないと思います。


気が合う人もいれば、気が合わない人もいる。


僕たちができることは、「僕が何とかする」ことではなくて、


「何とかできる人を一緒に探す」ことだと思うんです。


それがもし自分であればありがたい話ですが、そうでないことの方が圧倒的に多い。


だから、学年主任の方が話しやすいのであれば、そちらに任せたほうがいい。


他の学校の方で過ごす方が気楽であれば、そうした方がいい。



僕のこういう意見を、ただの責任転嫁だと思う人もいるかもしれません。


僕自身、そう思って悩んだこともあります。


でも、今でも彼らが連絡をくれたり、姿を見せたりしてくれるのは、


きっと僕がそういったことを「他人任せ」にできたからだと思います。


僕は、彼ら自身に決断を任せました。


一人の人間として彼らとじっくり話はしましたが、最後の決断は任せました。


僕が、「担任としての責任」という名のもとに彼らを無理やりでも縛り付けていたら、


今の関係はなかったと思います。



そして、この僕の考え方も決してマニュアルではありません。


彼ら二人は、本当に学校に行きたかった、友達と普通に過ごしたかったけど、


身体がそれを許してくれなかった生徒たちです。


「不登校」と呼ばれる子たちの中には、怠け心からそうなる子どももいると思います。


保護者や教員を困らせようと思って、「不登校」になる子どももいます。


一人ひとりの子供たちが、どういった理由で不登校なのか。


それを見極めることが、教員の一番大事な仕事だと思います。



不登校の生徒がクラスに一人いると、疲労感は倍増します。


それを全て自分で抱え込まず、「他人任せ」に出来る部分はそうしていきましょう。


他の先生が自分に「他人任せ」にしてくれたら相性が良いことだってあるわけですから、

仕事の押し付けだと思わず、教員同士で助け合っていければと思います。
 



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2016年01月24日

僕の受験の思い出

僕のセンター試験の思い出を綴ります。

僕は高校生の時から教員になりたかったので、

地元の国立大の教育学部を目指して勉強していました。

模試などでは大体A判定が出ていたので、

まあ受かるだろうと僕も周りも思っていましたが、

センター試験で大失敗。

国語で初めて130点台という悲惨な点数を取ってしまいました。

それ以外は平均して80%あったのが、

国語によって全体平均が75%になってしまいました。

そして、僕の志望する学部はボーダーが80%。 

返って来たリサーチは全てD判定でした。

担任の先生からは「文学部なら受かるから変えたらどうだ」と言われ、

両親からは「地元の私大も受けたら?」と言われ、

同級生からも「あいつは浪人確定だな」と思われ、

数日間、とても悩みました。


でも、結局僕は、第一志望のまま、前期・後期とも突っ込みました。

文学部が悪いわけではなくて、

教員養成という観点から専門的な教育を受けられず、

それが将来的に負い目になるかもしれないなら、

浪人してでも第一志望に挑戦すべきだと当時の僕は思ったのです。

(もちろん文学部卒業で優秀な先生が沢山いらっしゃるのを

今の僕は知ってますが、当時の僕はあまり物を知らなかったのです。)


僕は目標を立てることにしました。

昨年度のデータを見て、合格者のセンター平均点と二次平均点を足して、

そこから僕のセンターの点数を引きました。

すると、僕がとるべき二次の点数が見えてきます。

当時はセンター:二次が800:400だったので、僕は二次で8割必要でした。

その点数が取れるかどうかではなく、絶対に取るつもりで、

二次試験までの一ヶ月、本当に勉強しました。

朝8時から夜8時まで勉強して、

家に帰ってまた午前1時ぐらいまで勉強してました。


すると、僕の中で気持ちに変化が起こり始めました。

「まだまだ知らないことがたくさんあるな」と。

「もし合格したとしても、学び残してしまうな」と。


そして、前期試験。

一生懸命勉強して望みましたが、それほどの手応えはなく。

終わったその足で予備校の自習室に向かい、後期に向けて勉強しました。


結果はやはり不合格。

まあ覚悟はしていたので、それほど気落ちはしませんでした。

後期も同じく400点でしたが、英語だけの試験になります。

英語に絞って勉強を続けていくと、ますます楽しくなってきました。

そして、「浪人したらどのコースにしようか」ということも考えて、

浪人が確定した友達と相談したりもしてました。


いよいよ後期試験。

4人合格で、集まったのは10人でした。

腹は括っていたので、今まで勉強してきたことを出し切るだけでした。

そして、合否発表。

僕は逆転合格しました。

そのときの嬉しさは今でも覚えています。

(件の友人からは「裏切り者!」という祝福メールが届きました。)


こんな話を週明けに生徒にしようと思います。

伝えたいことは、最後まで諦めないこと。

それだけセンター重視な時代でも最後まで頑張れば逆転が起こるわけだから、

今はもっと逆転が起きるということ。

そして、逆転する人がいるのは、逆転される人がいるから。

A判定、B判定で安心していたら、「腹を括った人」に追い抜かされるよ。

特に現役生は最後の一瞬まで学力は伸び続けます。

センターの結果だって、一週間も経てば「過去の学力」です。


もし受験生の人がこれを読んでいたら、最後まで諦めないでください。

諦めない人が必ず合格する訳ではありませんが、

合格する人は絶対に諦めなかった人です。

後悔しないように、頑張ってください!
 

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2016年01月23日

大学入試二次試験に向けて 英作文パラフレーズ

センター試験が終わってから一週間が経ちました。

現在高3は午前中終了の特別授業になっています。

一月いっぱい授業を受けて、あとは自分で勉強して受験。

あと学校にこないといけないのは卒業式だけとなります。


さて、この一週間は僕の授業では英作文を行いました。

和文英訳と自由英作文の二種類を取り扱いましたが、

自分の二次試験と確実に関わりがない解説時間中は

別紙の基礎的な英作文のプリントに取り組ませました。

中には二次試験に英語がないという生徒もいましたが、

大学入ったときに英語の授業はあること、そして万一落ちたときには

結局基礎を一から見直すことになるはずなので、そのケアとしてやらせます。


2012年京大、阪大のプレやオープンの問題を用いて授業は行いましたが、

やはりパラフレーズする力が大切だと思いました。

パラフレーズするには色々な方法があると思いますが、僕はこんな風に教えました。

①訳せない表現を取り出して、自分でその表現を含んだ一文を考える。
(「らちがあかない」→「こんなに大量の宿題、やってもらちがあかない」)

②考えた例文の該当表現を別の表現に変える
(「こんなに大量の宿題、やっても終わらない」)

③もとの文に変えた表現を入れてみて、文意に代わりがなければOK。

こんなに偉そうに書くのが恥ずかしいほど普通のことですが、

生徒は意外と出来ていないのが現状です。

また、自分で別の文章を作ることがコツだと思ってます。

元の文章からパラフレーズもできますが、どうしても文脈に縛られるので

簡単な言い換えは出てこない気がします。


最後にもう数例あげてみます。

「ぼんやりと」

      →「何の目的もなしに」


「〜するのが人情だ」
       
      →「〜するのが自然だ」


「存在感がある」

       →「気づいたら見ている」


などなど。

英作文を通じて言葉へのセンスを磨きたいですね。

 



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2016年01月21日

2016年センター試験

センター試験が終わりましたね。


英語は解いてみましたが、最初の発音、アクセント、文法は

例年より簡単だった気がします。

後半のグラフの読み取りあたりから微妙な選択肢が

あったりしたので、そのあたりで失点する人が多いかな。

後半の方が一問あたりの配点が高いので、受験生へのダメージは

大きいかもしれませんね。


一日目は剣道部の大会があったので応援にいけませんでしたが、

二日目には文系も理系も応援にいくことができました。

そのときはまだ問題も見てなかったのですが、何人かの生徒から

「小説出ましたね」

「リスニングの形式変わったんですけど、変わったら簡単になるって本当ですね」

などなど、声をかけてもらいました。

予備校の研究会や、色々なところで聞いた話をまとめて生徒に伝えたのですが、

刺さる生徒には刺さっていたようで、よかったです。


結果は部外秘なので数字は言えませんが、

平均点は「旧帝大には十分な点数」といったところでしょうか。

他校比較でも例年と比べて良かったみたいで、

職員室でも多くの先生から声をかけていただきました。

まあ確かに六年間僕が教えはしましたが、

他の英語科の先生も一緒に教えてくださっているので

僕だけが何か言われるのは恐縮してしまいますが。

何よりも、あきらめずに最後まで頑張った生徒のおかげですね。

綺麗事ではなくて、心からそう思います。


全体としてもまずまずの点数で、二次が本当の勝負になります。

逆転されないように、逆転できるように、一月いっぱいの授業で

教えられることは教えていきたいと思います。


今日あたりからリサーチが返ってくるらしいので、

強気になりすぎず、弱気になりすぎず、

自分の希望する進路とリサーチ結果をあわせて

冷静に判断してほしいものです。




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2016年01月13日

『反転授業』

2016年のセンター試験ももうすぐですね。

僕も今日はセンター試験直前の最後の授業をしてきました。

できることはやってきたし、伝えることは伝えてきたので、

あとは生徒を信じるのみです。


さて、今日は空き時間に本を一冊読みました。



       反転授業 [ ジョナサン・バーグマン ]
反転授業 [ ジョナサン・バーグマン ]


少し前にテレビで取り上げられているのを見て、

(尾木ママとかは批判しているみたいですが)

興味があったので読んでみました。


「ネットを使って家庭学習をし、学校では演習や実験を行う」

という方法論で紹介されることが多いみたいで、

それがひっかかる人が多いようですが、

この本の中ではそれは何度も否定されていました。

「私たちはビデオを使いましたが、それは一つの方法に過ぎませんよ」、と。

やっぱり又聞きはいけませんね。


反転授業(正確には反転完全習得授業)が生まれたのは、

最初は欠席した生徒へのフォローとして考えたことがきっかけのようです。

それから少しずつビデオを用いた家庭学習にシフトしていったようですが、

「IT機器を用いて現代っぽい授業しようぜ」というノリではなくて(笑)、

生徒への情熱ありきで始まった活動だということがわかりました。

「自分から学ぶ」姿勢を育てることを目指しているのです。

非常に面白く、一日で読み切ってしまったので興味があればおすすめです。


では、この本を読んで僕が応用できることは何かを考えると、

部活指導で使えると思いました。

特にうちの剣道部は初心者で始める生徒が90%ですから、

座り方や、礼、黙想、足さばきや素振りのやり方をビデオで撮り、

それをYou Tubeにアップして見れるようにしておけば、

部活の時に、「まずやってみる」ところからスタートできます。

そして、それを何度も確認することができるのが反転授業の強みなので、

気になったところをいつでも確認できます。

あ、剣道形でも応用できますね。


閑話休題。

英語教育でいえば、例えば基礎英語も同じように家庭学習として位置づけ、

学校ではその内容を踏まえた上で活動を行うことができます。

思えば、前回のエントリーで紹介した師匠も同じような扱い方をしていたな、と。


色々なことが脳内で関連していくのは快感ですね。

久しぶりに本が読めましたが、四月までにもっと本を読んで、

授業方針をしっかり固めておきたいと思います。


まあ、その前に今の生徒のラストスパートですが!



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2016年01月09日

守破離

私事ですが、本日(1月9日)をもって31歳になりました。

三十代になって最初の一年が過ぎたわけですが、

先日愕然としたことがありました。


昨年の11月に、僕が大学生の時に教育実習で指導教官として

2週間指導してくださった先生(僕の中では「師匠」と呼んでます)が

勤務されている学校で公開授業研究会があり、大学時代の同期と一緒に

参観してきました。


その授業では、帯学習について一石を投じる授業でした。

帯学習というルーティーンを活かして淀みなく次から次へと課題を与えていき、

参観している僕にとってもあっという間の50分でした。

生徒にとっては尚更あっという間の時間だったようで、

授業後に生徒がそのまま机について作業をし続けている、

なんていう姿を研究授業で初めて見ました。

今回の師匠の授業は、見学に来ていた多くの先生に

パラダイムシフトをもたらしたことは間違いありません。


その後の分科会で、ある先生が尋ねました。

「今日のような授業は、どんな生徒に対しても効果があるとお考えですか?」

師、答えて曰く、

「それはわかりません。

私は、私の生徒に対して、考えられる最善の授業をしているだけですから。

それぞれの先生方が、受け持ちの生徒に対して独自に考えないといけない

部分はあると思います。」


まさにその通りだと思いました。

学ぶことは達人の模倣から始まるわけですが、

一人一人の特性は当然異なるので、いくら上手に真似しても

そこにあるのは「劣化版コピー」に過ぎません。


達人の教えを「守」り、

どこかの段階で、達人の型を「破」って抜け出し、

最終的にその達人の型から(表面的には)「離」れていく。

剣道ではこれを「守破離(しゅはり)」と呼びますが、

英語教育でも同じことです。


師匠の授業を見てフレームワークとして素晴らしいと思いますが、

日々の授業という具体におとしたときに、多くの疑問や課題があります。


例えば、

「発表にあたっている生徒が休んだ場合、そのグループはどうするのか」

「グループ内ディベートのテーマはどの程度の期間で新しいものに変えるのか」

「本時のような帯学習は、何年生から始めて、何年生まで続けるつもりなのか」

「すごく優秀な生徒が課題を早く終わらせてしまう場合どうするのか」……etc.


それらを「フレームワークの欠陥」としてみなすのではなく、

「個人に与えられた課題」としてみなします。

その個別の課題を乗り越えることこそが「破」であり、

それを乗り越えたとき、そのフレームワークの深層を流れる信念が理解できます。

そうなると、もはやそのフレームワークにこだわる必要はなくなります。(「離」)

同じ信念をもってすれば、表面に現れる型はどうでもよいのです。

この繰り返しによってのみ、教員としての力量が鍛えられると僕は思います。

(当たり前のことを書いてすみません。僕は論理的に文字化して残しておかないと

結論だけが残ってしまって、結論が同じでも説明理由が変わってしまうので、

備忘録として書いています。)


きっと師匠も色々な模倣から始まり、あくなき探究によってご自身の型を

練り上げていかれたのだと思います。


そんな師匠ですが、今はまだ40歳手前で、

師匠が大学時代の僕を指導してくださったときが、

ちょうど今の僕の年齢(30歳)だったことに、その研究会で気が付きました。


今の僕と当時の師匠の指導力を比べること自体がおこがましいのですが、

このままだとただの「憧れの存在」で終わってしまうので、

師匠に追いつき、そして追い越せるように、

「守破離」の精神で、まずはこの一年を過ごしたいと思います。


burwonderwall at 02:39|PermalinkComments(0)

2016年01月07日

2016年 新年のご挨拶

明けましておめでとうございます。

師走はあっという間に過ぎてしまいますね。

娘が初めて熱を出して、

泣くわもどすわで大変な12月となってしまいました。 

僕も風邪をもらってしまい、忘年会から帰ってからダウン。

アルコールで消毒はできませんね。

皆さんもお気をつけください。


今年は勝負の一年だと思っています。

高3の入試と、四月からの中1指導。

6年前よりも質の高い授業をしなければと思いますが、

まだ具体的なイメージが固まらず…。

剣道部も今年は勝負できるので、県大会入賞を目指していきます。 


あとは…できてなかった自分の勉強かな。

やりたいと思っても日々に流されてしまいますね。反省。


師走も早いですが、

「いく、にげる、さる」の3学期も早いので、

出来ることを積み上げていきたいと思います。


本年もよろしくお願いします。 

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2015年12月06日

「いつもの授業」とアクティブラーニング

今学期の目標だった長文108題が終わったので、

残りの授業3回で久しぶりに「いつもの」授業を。

センター試験では物語文が復活するかも、と大手予備校の研究会で言われたので、

念のため、その対策として物語文を読むことに。

しかし、ただ読んでも面白くないので、四技能を一時間で使ってみる。



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2015年12月05日

教師冥利とライバル心

今週は、中三の時に担任していた生徒が僕に会いにきてくれました。

会って話すのは2年ぶりかな。

背も伸びて、自分の進路を真剣に考える立派な青年になっていました。


在学中、彼は真面目で優しくて、責任感の強い子でしたが、

それ故に心労を溜め込んでしまい、中三のときに不登校になりました。

何とかしてやれなかったかと、今でも思います。


保健室やスクールカウンセラーの先生、そして担任団の協力もあって

保健室登校が出来るようになり、元々友達も多かったので、

休憩時間にはよく保健室に友達が遊びに来ていました。

最初は教室に戻ることを目標にしていましたが、

最終的には本人の決断で、公立高校を受験することにしました。

もともと学力は高い子なので、大丈夫だろうとは思っていましたが、

保健室で一緒に合否を確認した時は、クリックする指が震えました。

無事に合格し、そして3月の中学修学旅行にも思い出作りで

友達と一緒に最後まで参加して、そして旅立って行きました。


その後も電話やメールでのやり取りはありましたが、

会って話すのは久しぶりのことでした。

卒業後も色々な試練にぶつかり、しんどい思いをしてきたようです。


だけど、今は映像を作ることに喜びを見出し、

この夏に仲間と一緒に20分の映像作品を一本完成させました。

(その作品には僕の役の人がいるみたいです。

「先生に向けて作りました」と言われた時は涙が出そうでした。)


正直、僕が彼に何かしてあげられたことはなかったし、

不登校にならないように守ってあげるのが僕の仕事だったわけですから、

やっぱり今の高3と一緒に卒業させたかったと今でも悔やみます。


それでもこうやって卒業後に僕に顔を見せに来てくれるのは、

教師冥利に尽きるという気持ちと、

僕はまだ振り返るほどのたいした人間ではないのに、という気持ちの

両方があります。


彼にとって、僕との関係はまだ「生徒―教師」の関係でしょうが、

僕にとってはすでに「人間ー人間」の関係だと思っています。

彼とは支え合う仲間であると同時に、どちらがより面白い人生を

送れるかというライバルです。

だから、彼が未来に向けて今頑張っていると聞いたら、

僕も頑張らないといけないと強く思うわけです。 


いつか、僕が頑張っていることで、彼の背中の後押しが出来るように。

そう思って、二学期残りわずかですが、最後の授業に向けて頑張って行きます。

お読みいただき、ありがとうございました。

このブログを通して、僕がいつか誰かのライバルになることも夢見ています。 


burwonderwall at 03:48|PermalinkComments(0)

2015年11月29日

2学期の間に長文を100以上読ませる方法

ここでは、高3の生徒に、2学期の間に長文を100以上読ませた方法を書きます。

まずは、 三種類の教材を準備します。

① 授業で解説する用の教材2冊(二次レベル)

②授業で用いるが、解説はしない教材2冊(センターレベル・速読)

③課題用の教材2冊(二次レベル)

1冊大体15題〜20題ほど長文を含んでいます。

6冊やれば90〜120題が終わりますので、目標達成です。



具体的な進め方としては…
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2015年11月26日

模試の結果と長文「一日一題」

昨日は河合塾の全統記述の結果が戻ってきました。

高3が全体で受ける模試としてはこれが最後。


過去3年の平均偏差値が60ちょっとでしたが、

今回はそれよりも2弱ぐらい良かったので、

それなりの結果だったのではないでしょうか。



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2015年11月25日

「自分から動く」ということ

火曜日は剣道部の指導。

僕が勤める学校は、部活は週2回の16:00〜18:00と定められています。

僕自身、中高生時代は毎日剣道をしていたので、これには驚きました。

そして、多分これでは勝てないな、とも思いました。


しかし、昨年度は団体戦で県三位に入賞することができました。

中1から剣道を始めた生徒を二人、先鋒と次鋒に据えての勝利だったので、

僕としても目から鱗が落ちるような大会でした。


そこで僕が思ったことは「練習量が少なくても勝てる」ということです。

しかし、そこには大きな条件があります。

それは、「自分で考えて、自分で動くことができる」ということです。


例えば、クラブ顧問が手取り足取り、一から十まで全て指示を出す。 

稽古中にさぼっている生徒がいないか目を光らせる。

さぼっている(ように見える)生徒を見つけたら、見せしめに叱りとばす。

これってすごく「熱血」のテンプレート的な部活指導ですが、

「叱られたくないから頑張る」生徒が、

「叱られないと手を抜く」ようになるのは

人間として当たり前のことだと思うんです。


かと言って、だらけているのを叱らないのも駄目。

全力でやらなければ、何をやっても時間の無駄。


ではどうやって生徒に全力でやってもらえばいいのか。

それは、「その競技の奥深さを知る」ということに尽きると思います。

身体が大きいから勝つわけではない。

力が強いから勝つわけではない。

自分の身体がどのぐらい動くかをきちんと知り、

そしてその動きに合わせた戦略を取ること。

メンタルで負けなければ、それだけでいい勝負ができます。

そしてそれが分かるようになってくると、稽古中さぼりません。

だって、楽しいから。

強い人間と同じように動かないといけないと思うと、

多くの「出来ないこと」にぶつかって、みじめになります。


でも、「自分は自分のままでよい」という状態から始まって、

そして「自分」をどれだけ拡張させていけるかに集中すると、

他人と比べるのではなく、「昨日の自分」と比べるようになります。

練習して下手になることは稀ですから、多くの場合において

達成感を感じることができるようになります。


ただし「メンターとしての他人」は必要です。

それが部活の同級生、先輩、顧問だったりするわけです。

自分では、自分の動きが相手にどう映るかは分からないし、

多くの場合において、自分のイメージと実際の動きには乖離があるのが普通だから

それをきちんと見極め、アドバイスしてくれる人が必要なわけです。

(武井壮さんも、自分の身体をきちんと動かすことの大切さと難しさを

 説いておられますが、全く同感です。

 僕の考える部活の位置付けは、「自分の身体の動かし方を学ぶ」場所です。

 日中は頭の動かし方を学び、その後に自分の身体の運用方法について学ぶ。

 文武両道の「武」って、そういうことだと思うんです。……余談でした。)


顧問が全て教え込むのではなく、生徒同士で教え合えばいいんです。

もちろん生徒が間違った方向に努力してしまうことは多々あります。

目標と見当違いの練習をしたり、小手先の技の練習に終始してしまったり。

それは顧問が意図を確認した上で軌道修正してあげて、あとは基本的に任せる。

やらされることより自分でやることの方が力になるし、何より楽しいから。


後になって聞いた話ですが、冒頭の県三位になった子たちは、

朝や昼に集まって自主練をしていたみたいです。

(かといって、彼らはいわゆる「部活だけ大好き生徒」ではなく、

 今は高3受験生として、東大を目指して頑張ってます。)


部活指導についての具体的な話はまた書きたいと思いますが、

これって部活だけの話ではないよなぁと感じる次第です。


お読みいただき、ありがとうございました。






burwonderwall at 06:13|PermalinkComments(0)

2015年11月23日

東京旅行

この連休は高校時代からの友人の結婚式で東京に。

妻も知り合いなので、生まれて5ヶ月の娘と三人で参列しました。

前泊して土曜日の朝は時間があったので、明治神宮に参拝。

明治神宮前から降りて歩いていきましたが、都内とは思えない雰囲気。

「静謐」という言葉がぴったりでした。 

お参りでは、家族の健康と高3の生徒の合格祈願。 

人事を尽くして天命を待つ。

残り数ヶ月、人事は尽くしますが、その後のことは神頼みです。

一人でも多く、笑顔で春を迎えられますように。

その後は外苑まで歩いて、銀杏並木を歩いて帰る。

絶えず銀杏の葉が空から降ってきて、とても美しい。


その後、青山のチャペルで結婚式に参列。

今回は、乾杯の挨拶をすることなっていたので、非常に緊張。

音読を中心に何度も予行演習をしたけど、絶対にどこかで噛んでしまう。

会場には日本を代表する飲料メーカーと、人材派遣会社の偉い人たちが。

「ご指名により、僭越ながら、乾杯の音頭をとらせていただきます。」

これは、定型文とかではなくて、本心からの言葉です。笑

本番ではなんとか言い切りましたが、当分やりたくないですね。

乾杯の後は解放感から痛飲し、妻に翌朝叱られる。反省。 


日曜日は代官山のツタヤに行きました。

初めて行きましたが、あの雰囲気は最高ですね。

もう本当に毎日でも通いたいです。

本好きにはたまりません。

僕の住んでる街にも蔦屋できないかなぁ。

無理か。
 
村上春樹の旅行記と、内田樹の身体論の本を少し読む。

内田樹の本では、漫画家の井上雄彦との対談が掲載されていた。

漫画『バガボンド』の、武蔵が雪だるまを棒切れで切るシーンが取り上げられていて、

僕はあのシーンを読んだときに心底感動しました。

太刀筋の邪魔をしない、なんて普通出てくる言葉じゃないと思って。

僕はその言葉を剣道部の指導の時に使わせていただいたぐらい。
 
なので、そんな対談が掲載されているなんて、垂涎ものなわけです。

良い本達とまた出会えました。


連休最終日は国立科学博物館に寄って帰ります。

娘ともども無事に帰れますように。
 

burwonderwall at 06:45|PermalinkComments(0)

2015年11月20日

生徒が中1の時にこれだけは徹底すること

中1の生徒に教えたとき、僕が意識的に気をつけたことがあります。

それは、「努力することが前提である」ということを教えることです。 

最近は色々なバックグラウンドを持つ子供がいます。

私が教えた中にはいませんでしたが、 帰国子女の子供も珍しくありません。

そんな彼ら、彼女らが中学校で他の子どもと一緒にアルファベットの書き方から

 始めたらどう思うでしょうか?

僕なら、確実になめます。

英語は勉強しなくてもできるからいいや、って。

中学生の間ぐらいならそれでもいいかもしれません。

しかし、そこには二つ問題があるように思います。

 一つは、当たり前ですが、そのままで何とかなるほど甘くないということです。

高校で読む英文は抽象度も高いですし、文法的に過度に複雑な文もあります。

「読めばわかる」中学生レベルの英文から、

ひょっとしたら和訳を読んでも分からないレベルになります。

(生徒が高2の時に、阪大の入試問題の和訳を解説する授業をしたことがあります。笑)


二つ目の問題は、中学生活がはじまってすぐに、

「努力しなくても良い科目」を作ってしまうことです。

英語は確かにできるから勉強しなくても点数はとれるかもしれません。

でも、それはすぐに英語だけにならずに、別の科目にも波及する気がします。

今回の社会は部活で忙しかったからいいや。

〜〜先生は宿題やらなくてもあまり怒らないからいいや。

最初にハードルを超えると、あとは転がり落ちていくだけです。


以上2つの理由から、なるべく最初からどんな生徒にも等しく負荷がかかることを

させないとダメだと思いました。

そして、それを実行する一番早い方法が、暗唱と暗写でした。

これなら、どれだけ英語の知識にアドバンテージがあっても、

最後に覚えるという努力をしないと点数はもらえません。

暗写に関しては、ピリオド一つでも打ち忘れていたら不合格にしました。

暗写の具体的方法についてはまた別の機会に紙面をさくとして、

「中1は適切に努力することを覚える」ことを最大の目標とし、それを徹底しました。

それは今でも思うことなので、多分そのベースは来年度も一緒だと思います。

生徒からは鬼畜と言われますが、ありがとう、と言ってます。笑


 

burwonderwall at 21:55|PermalinkComments(0)英語教育 | 教育哲学

2015年11月18日

6年教えて思うこと

今日は出張が午後からあったので、午前中に4つ授業してきました。

現在高校3年生を4クラス週4回で教えてますが、

この学年は5年前、つまり中1から教えていますので、今年で6年目の付き合いになります。 

 
また、僕の学校は一学年4クラスを一人で受け持つシステムになっているので、

この学年の英語の出来、不出来の責任は、基本的に僕にあるわけです。 

僕のいる学校は県下有数の進学校ですので保護者の期待も強く、

当時25才だった僕はプレッシャーを感じながら必死で教えてきました。

(そんな若造に、結果として高3まで持たしてくれたこの学校の懐の深さを改めて感じています。)

そして、何とか恥ずかしくない程度の結果を出しながら、ここまで来ました。

授業アンケートでも、生徒からもそれなりに信頼されているようです。

(まぁ本音はいつだって分かりませんが…。)

6年教えきる経験は、公立の学校では(一貫校でない限り)ありえませんし、

私立の学校でもひょっとしたら珍しいことかもしれません。

だけど、僕はこの学校に来た時から、

「いつかやるならなるべく早く」と思っていました。

自分が教えた結果をなるべく早く見てみたかったのです。

もし悪ければ、今の自分のやり方では力が付かないことが分かるし、

もし良ければ、自分の発言力を増せるとおもったからです。笑

中2の英検三級、中3の初の全国模試、高1のGTEC…。

そういった評価の機会をもらいながら、続投を許されてきました。

そして、ついに高3。

6年間教え続けてきて思うことは、とても居心地がいいということです。

彼らは僕が要求するレベルが分かってるし、僕も彼らのことをそれなりには理解している。

こんな話をすれば食いつくのも分かってて、逆にどんな話をしたら意外に思ってくれるかも分かる。

本当に良い生徒たちに恵まれたと思っています。

その一方で、初任の時にあったような、緊張で学校にいくのが嫌になるようなこと、

一回の授業が、切るか切られるか真剣勝負だという感覚はなかなかありません。

「多分この状態を続けても教員として伸びないんだろうな」という漠然とした不安感があります。


来年度はまた中1を受け持つことになりそうです。

今の高3にやったことと同じ授業をすれば大外れがないことは分かっています。

だけど、一度歩むことをやめれば、退職までの30年を無難に過ごすことを選びそうな自分がいます。


The Sky is the Limit.

自分の限界を決めるのは自分。

生徒の限界を決めるのは教師。


限界という言葉に甘えず、常にプラスワンを目指していきたいです。



これまでの振り返りの意味を込めて、今までやってきた活動とその思いを、

これから少しづつでも綴っていこうと思います。


ご覧いただき、ありがとうございました。



 

burwonderwall at 20:12|PermalinkComments(0)

2015年11月17日

ブログを始めた経緯と、自己紹介と。

人生なんて、30000日。

一日を一秒で置き換えると、6時に起きて15時には人生が終わってる。

「1、2、3、4、5、6、7…」

6時の段階では、それが30000になるなんて当分の先の話だと思うけど、

毎日気がつけば15時になってるよね。

先を見ると、まだまだに見えるけど、過ぎたらあっという間。

人生ってそんなものかもしれないね。

だから、今日一日、1/30000をしっかり生きなきゃね。


高3の生徒にそんな話を今日しました。

そして、ふと。

僕はその一日を、きちんとまっとうに生きられているのか、と。

何をしたらいいか分からないけど、

それでも何かをしなければいけない。



自分の考えや行動を振り返られるように、

日々の出来事や考えたことをこのブログに綴っていこうと思います。

このブログで書くことが、誰かの役に立てばいいけど、

誰かの役に立つことが目的化すると、僕には荷が重過ぎるから、

基本的には役に立たないブログだと思ってください。


さて、ここまで読んでくれたということは、

僕か、少なくともこのブログには多少なりとも興味を持ってくれた人だと思うので、

自己紹介をしておきたいと思います。


名前…burwonderwall (Oasisの名曲Wonderwallから)
年齢…今年31になります
仕事…私立の英語教員(7年目)
生業…剣道家(24年目)
家族…妻、娘
趣味…ムツゴロウさんばりに娘をかわいがること
資格…修士、英検準一級、剣道三段
頑張りたいこと
  …英検一級取得
            IELTS受験し、TESOLの取得
   英語指導においていっぱしの発言権を持てるようになる
   剣道部の生徒をインターハイに連れていく
   習熟度別授業という下位切り捨て授業をやめさせる
   家族が安心して暮らせるキャッシュフローを作る
   剣道以外の武道を始める(できれば弓道か合気道)…etc.
 

それでは、よろしくお願いします。


 

burwonderwall at 01:18|PermalinkComments(0)